尊厳死の宣言書

今日はあらためてシッカリとした『尊厳死の宣言書』を書いた。

2学期から、22年度から開設された福祉関係の科目を受けたい。自分自身が70歳を超えた高齢者なのに、高齢者福祉を学んでも意味無いように、役にも立たないように思える。

1学期の単位認定試験も終わり、次期の準備として『高齢期の生活変動と社会的方策』と『老年看護学』を復習した。試験を受かるための勉強だったが、高齢者福祉を目標に復習をすると、何とも我が身に置き換えて胸にジンとくるものが有る。これほど素晴らしい科目だったのかと思う。

そして、今までの『尊厳死の宣言書』を書き換えた。単なる尊厳死では無く、遺漏や点滴もしない、静かな平穏死も含めた内容に書き換えた。無為に寿命を延ばすことは決して良いとは思えない。口腔機能低下症による咀嚼嚥下機能が無くなった時、肺炎等の呼吸障害も起きやすくなる。いつまでも自分自身が苦しむことになる。如何に頑張っても、年齢的良くなることは無い。もう充分に生きてきたし、元気になれたとしても人生をやり直せるわけでも無い。

書き上げたら落ち着いたが、今後はプリントができない。ドライバを入れ替えてもダメで、USBで繋げた。いつまで生き続けるのか分からないが、とりあえずいつかはくる最期の時のことも書いておかなければ。

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