人の錯覚は面白いものだ。いつまでもドキドキしていたのに、真実を知った途端に浦島太郎の「玉手箱」が開いて、現実の姿が見えてしまう。
小学生の頃から、いや幼稚園の頃から何となく憧れていた子がいた。活動的でハキハキしてて、とても親切な頭の良い子だった。幼稚園の頃から中学まで同じ学校で過ごし、時には違うクラスに成ることも有ったが、クラスを超えて仲良くしていた。他の男子生徒にからかわれたりもしたが、お互いに全く意に返さなかった。
中学の3年生の時に同じクラスに成り、進学を決める担任との面談で、順が彼女の後になった。彼女と、仲の良かった友人3人が一緒に面談してて、時間になっても呼びに来ないので面談室の前に行った。中から先生の大きな声がして「お前ら3人揃って商業高校とは、希望が違うだろうが。3人でいつまでも居たいというなら、3人揃って同じ家に嫁に行くのか」と聞こえた。3人とも美人で頭が良くて、進学校の県立女子校でも上位の成績で入れる。自分は県立の男子校を受けるつもりで居たが、この時に聞いた「3人揃って同じ家に嫁に行くのか」の一言で男女共学の商業高校に決めた。次に呼ばれて商業高校にしますというと「お前なに言ってんだ。ここに来てみんな商業商業って、商業は何か良いことあんのか」と金切り声で怒ってた。もう、その時にはあの3人と暮らしてる将来の生活しか頭に浮かんでなかった。
子供の頃から体が弱く、人となじめなかったので、父は進学よりも工業とか商業の高校に行き、将来は自営の鉄工所は弟に継がせて、あまり働かずにノンビリと過ごさせたかったようだ。というよりも、10歳までには死ぬとか、20歳までは無理かも、などと言われていたらしく、本音は高校など行かなくても良いとまで思っていたようだ。
ところで、バカみたいにウキウキと受験に行ったら、3人は来ていなかった。3人揃って女子校に行ってしまった。
それからどのくらい過ぎただろうか、中学の同窓会が行われた。卒業後はあまり付き合いも無く、顔も分からなくなっていた。数名が近づき、昔話をしたが思い出せなかった。彼女が来たとき「二人は仲が良かったよな。お前達、結婚でもすると思っていたよ」と言うと、彼女が「私は大川さんから申し込まれると思って、ズッと結婚もしなかったのに。とうとう花のまま枯れてしまったわ。責任を取ってもらわなければ」などと笑いながら話を合わせてきた。それをそのまま鵜呑みにしてしまった。
2次会では、皆が気を利かせてくれて、二人にしたと勘違いして二人だけで飲んだ。今でも美しい人だと横顔を眺めながら飲んでいた。何度か彼女の店の前を通ったが、外で見る彼女は、結婚もしないとこれほど美しさが衰えないのかと、ドキドキして声を掛けることも出来なかった。申し訳なさから、友人のところに電話してどうすべきか聞いた。電話口で大笑いの声がして、もう孫まで居ることを聞かされた。
何となく肩の荷が下りたようで、チャンスをみて話しかけようとしたが、今度はあまりのお婆ちゃん顔にびっくりした。数ヶ月前までは、いつまでも美しさが衰えないなどと思っていたのに、孫が居ると聞いたら、見る目が変わってしまったようだ。数年後、総合病院で前を歩く彼女を見かけたが、本物の病人のようで、病気だから病院に来たのだろうが、声も掛けられないほどの老人になっていた。
歳を重ねるということは、怖いものだ。
高校の時に、ポニーテールの先輩が居た。モダンダンス部で、全校男子の憧れの的だった。あの頃としては珍しい黒のレオタード姿が似合っていて、手と足が長くてより美しく魅せていた様だ。チョットした部活の先輩達のイジメから、モダンダンス部に投げ込まれた。そんな事がきっかけでいつしか仲良くなり、部活で息苦しくなると先輩のところに行き、一緒に体育館の隅に座って話をしていた。部活の先輩や他の運動部の先輩達もイライラ顔と、羨望の目でジッと見ていた。呼ばれても女子先輩が見せびらかす様に手を引いて隣に座らせるので、誰も近づけなかった。
小柄で華奢な体つきで首が長く、レオタード姿の時はいつも汗ばんでいた。長く束ねたポニーテールの髪は、握ると弾力があり、気持ちが良かった。その感触は今でも思い出せるのに、顔や名前が思い出せない。下校時に一緒になると、まるで恋人同士の様に寄り添って歩いていたのに、彼女の家も声も趣味も全く思い出せない。
男子生徒達のイジメや嫌がらせがあり、それから守ろうとでもしたのか、いつの間にか生徒会長の選挙に立候補届が出されて、彼女たちの各教室周りの強い支持と働きかけで、過半数超えの大得票数で生徒会長になれた。70年安保も近づき、高校生のところにも働きかけが来る様になった。その忙しさから次第に話す機会も少なくなった。
あの、ポニーテールの先輩も、お婆ちゃんになってしまったのだろうか。それとも、後輩の自分を忘れられずに独身を通して、今でも美しいのだろうか。町ですれ違っても顔も思い出せない様では、全く分からないだろうなあ。
コメントを残す