沢渡温泉 まるほん旅館

気分的にすぐれず、鬱々とした時間を過ごし、チョッと危ないかなと思えるくらいに落ち込み、沢渡温泉まるほん旅館に行ってきた。まるほん旅館は400年続く、沢渡温泉の中でも中心的存在だ。とりわけ、ここの内湯は江戸時代の坪湯を思わせる、素晴らしい作りになってる。混浴内湯(夕方と朝の時間帯で、女性専用となる)は源泉地横に建てられ、加温加水もされずにそのまま注がれている。ヒバ材の床に、利根石の青が美しい浴槽だ。真冬の寒い時期に行ったためか、湯温は熱くなかった。せいぜい42度か43度ていどで、長湯するにはちょうど良かったが、これも人によってらしく、後から入ってきた人には少し熱かったようだ。夏を少し過ぎた頃の熱い湯の方が好みなのだが。

泉質はpH8.32の弱酸性、カルシウム・ナトリウムー硫酸塩・塩化物泉、溶存物質1.09g/kg、泉温55.1℃、湧出量161l/m、低張性アルカリ性高温泉。湯船の中には、初めての人は驚くようだが、大きな紙のような湯の花が舞い、また底に沈んでる。無色透明で、飲むとわずかに硫化水素臭を感じる。総ヒ素0.2mg/kgと、ヒ素も含まれているので、飲泉の用意は無い。

特に特徴も無い温泉なのに、なぜかこの湯には引かれるモノを感じる。俗に「一浴玉の肌」と言われてるが、それは草津の強酸性泉で荒れた肌を整えるという意味だろう。それとは違う、妙な魅力を感じる。泉質成分と共に、隣が源泉で時間と距離を置かずに注がれている還元泉なのか、この温泉地独特の空気感からなのか、心と体を包み込む魅力を感じる。

沢渡温泉は、草津温泉から四万温泉への裏街道の、さらにそれから外れたように、車も人の通りも少ない狭い旧街道が1kmか2kmほど続いた坂道の両側に、民家と並んで小さな旅館が十数件ほど建っているだけの温泉地だ。江戸時代には草津温泉の湯治がはやり、多くの人が訪れたようだ。その道中の途中にあり、柔らかな弱アルカリ性の泉質から、強酸性の草津温泉でただれた肌を治す湯、「一浴玉の肌」として知られた。こんなに狭い小さな温泉地だが、蘭学医や和算家・明治の思想家など多くの文人を輩出している。それだけここには多くの文人墨客が集まり、同時に経済的にも豊かであった証拠なのだろう。

昭和20年の大火でほとんどの人家や宿が焼失した。その後2軒が開業をし、新たなボーリングで湧出量も増え、旅館も10軒以上に増え、温泉を利用した巨大な群馬リハビリテーション病院も出来た。戦後の旅行ブームと交通網の発達で、観光化されない純粋な温泉地であったため、次第に忘れられてしまった。

こんな小さな温泉地だが、温泉愛好家の間では少し知られているのが、ここまるほん旅館だ。温泉好き方には有名な逸話もある旅館だが、そんな事は別にして、先入観無くこの宿は楽しみたいものだ。

左が内湯、前が源泉湧出井。

夕食は食堂で

けっこう美味しかった

PTSDというのだろうか、7年以上も経つのに、未だに妻の死を受け入れられない。多くのいきさつもあり、決して良い夫婦では無かったかもしれない。好きというよりも、周囲の多くの反対を受けて、何となく意地で結婚を決めてしまったようなものだ。何度か離婚届を渡すような事もしたが、本心は嫌いでは無かったのだろう。肺癌末期が見つかり、10ヶ月間にわたり介護をした。入院中は個室を用意してもらい、夜も共に過ごした。多くを語る事も無く過ごして、入院して初めて夫婦2人の静かな時間が得られた。改めて彼女を好きに成ったときには、少しずつ死んでいくのを見守る時間でもあった。あの時の病院の匂いや肌の匂い、移動で抱きかかえたときの軽さと温もり、時として急に思い出し、何も出来なかった事を悔やみ、どうしようも無い気持ちに落ち込まれてしまう。

気持ちの落ち込みの時には、まるほん旅館の湯は良い。ただ、今回行って驚いた事は、あまりにも力が無くなっていた事だ。半年前までは何も感じなかったのに、今回は湯に降りる階段をきつく感じた。上がるときには手摺りに頼り、膝周辺に力が入らず、内太股にも力が入らなかった。新型コロナの影響でほとんど外には出ないで過ごしていたが、気分の落ち込み以上に、体力の落ち込みは酷かったようだ。

急に家においてきた猫のキータンが恋しくなり、翌日早々に帰宅した。もう、猫だけが最期の同居家族になったのだろう。

旅に出ると見知らぬ人との出会いがある。良く言われる事は、子供達に恵まれたという事だ。一人暮らしを案じて仕送りをしたり、必要な物は買ってくれる。年金は元自営という事もありかなり少ないが、子供達には助けられる事が多い。他人様からは羨ましがられるが、おかしなもので無い物ねだりというのだろう。老夫婦の話は子供や孫の事で、子供達家族となじめない事だ。独居老人の自分にはうらやましく思えるが、子供達からの支援や絶えず気遣いは羨ましく思えるのだろう。

家に戻り、もうまた旅に出たくなってきた。あと半年間は家で体力を付けようと決めた。体力が無いと温泉も楽しめず、温泉地の中を歩く事も出来ない。半年間は猫との静かな暮らしの中で、体力を戻そう。おもしろいものだ。いえにいると、外に出たくなる。

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