今年から娘の扶養に入った。
令和3年の「給与所得者の扶養控除当申告書」を書かなければならないということで、年金機構の事務所に行き、年金額改定通知書の再発行をしてもらった。それと「離職証明書」を持って、税務署に相談に行った。
まずは自分の確定申告書の作成についてだが、収入が少ないので必要ないようだ。
給与所得が103万円に達していなかったので、必要なし。年金額も100万円程度では全く問題なし。年金額の場合、400万を超えると雑所得として計算するようだが、半分にも満たない。今後は収入が発生しなければ、年金収入だけならば、もう申告の必要は無いようだ。良かった、と言って良いのかな。
娘の出す「給与所得者の扶養控除当申告書」に関しては、令和3年のザックリとした収入予測であり、高額収入があるならば被扶養者になれないということだけらしい。
給与所得が発生した7年前に確定申告をするのに、昔からお世話になってた税理事務所に頼んだ。古くから居る職員に「この程度は自分で書きなさいよ。日商1級でしょ」などと、またもや嫌みを言われてしまった。日商1級は取得はしたが、一度も帳簿を書いたことはない。
税理士試験を受験するには、日商1級が必要だったが、その職員はなかなか取れないことを話していた。そんな話の流れで、1級を高校の時に取得したことを話した。以来、40年近い付き合いだが、面倒が起きるたびにその話が出てた。
高校当時、2年次に日商以外の主催で1級を取っていた者は、特別に希望者は、会計学も放課後に学べた。何人が受けたのかは忘れたが、5人近い合格者が居たはずだ。それはすごいと言うが、当時の高崎商業や前橋商業は10名くらいの合格者を出していた。ちゃんとした部活動での簿記部が有った。
我が桐生商業は・・・分からなかったが、簿記の出来るのが同じクラスに数人居て、2年生の時に工業簿記や会計学の入門書的な参考書で学んでいた者が居た。一緒にと進められたが、興味は無く、参考書と問題集はそろえたが、一人で学んでた。2年の時は、毎日が楽しくて勉強どころではなかった。生徒会長としての活動もあったし、それ以上に部活での楽しみもあった。女子だけの部活の中に入っての雑談とか。そういう女生徒に進められて全部の1級を取得した。その後いつの頃からか部活にも飽きて、会計学などの自習のグループに入った。
簿記は0点か100点の世界で、最終的に損益計算書が間違えば、途中の計算が合っていても関係ない。そういう計算は面白かった。が、実際の帳簿は面倒で全くダメだったなあ。もし積極的に関わっていたなら、もう少し変わったのだろうか。と思うのは年を取った証拠かな。
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