午前中に、放送大学のWeb通信指導を受けた。
事前に送られてきた問題に解答し、バーコードを期限内に送るのだが、Web通信指導なら直ぐに結果が分かり、各問についての解説も見られる。『英語事始め』以外は、もう出来ていつでも送れる状態だった。
この通信指導に合格しないと、期末の単位認定試験は受けられない。この通信指導の提出は絶対条件になってる。

『英語事始め』が気になり、バーコードを送るよりも、即刻結果が知りたいとWeb通信指導を選んでみた。
他の科目に関しては、思ってた以上に良い結果だったが、やはり『英語事始め』はダメだった。

修了試験である、単位認定試験は60%以上で合格になる。これで大丈夫なのかな、心配。最初の1問は辞書を使った。どうしても1問だけは正解にしておきたかったので、それに単位認定試験では『英語事始め』は、テキスト・辞書の持ち込み受験が可能なので、良いのかな・・・なんて思いつつも、自宅受験なのだから。期間途中の通信指導の合格点が書かれていないし、ネットで調べたら、1問正解でも単位認定試験の受験票が来たとあった。それで思い切って本番のつもりで臨んだのだが、結果は60%以下になった。
英語の問題を見たときに、思った以上に簡単だと感じた。単語も構文自体も、中学生程度なので何とか成りそうと思ったのに、やはり文法の試験は難しかった。微妙な違いが分からず、楽勝などと適当に回答してしまった。いつもの事ながら、自分自身の適当さに嫌になる。
間違いの原因が直ぐに表示されたのだが、読んでもよく理解できない。これからの趣味や生き方のためにも、結果にかかわらず『英語事始め』は勉強を続けていきたい。英語が分かるようになると、新しい世界が広がる。
Well to know English is to love English and to love English opens the way to loving the new world.
英語を知ることは英語を愛すること、そして、英語を愛することは、新しい世界を愛する道を開く。
授業中に聞いた素晴らしい言葉だ。
もう50年近くも昔のことだが、経済学者の大野信三先生を訪ねたことがあった。今思えば若いから出来た、思い切った行動だったのだが、先生は快く迎えてくれた。50年も昔のこと、大学の先生達にとって、いささか騒がしい時代でもあったので、それも幸いしたのかもしれない。
経済学の話だけでは無く、先生のドイツ留学中に起きた世界恐慌中の生活や、東京駅での犬養首相暗殺事件の時に先生は偶然東京駅に居られたという事など。経済学・哲学・歴史など、全ての学問は何らかの連結があるので面白いと教えられた。当時の産業界の将来や、地方都市の桐生市経済の将来などについても話されて、それは当初教えていただきたかった事よりも、はるかに面白く興味のあることだった。
そしてその時に、偶然に東大で英語を教えていた先生にもお目にかかれた。東京大学は退官した後だったのか、その前だったのか、大野先生とその先生とのお話の内容なので注意して聞いてなかった。その先生に英語の勉強について承った。中学時代の影響で、とにかく英語が苦手で、どの様に勉強して良いのかも分からなかった。材料力学の先生などは「僕は字が下手だから」と、英語で書かれていた。ところがその英語自体も、何を書いてるのか分からないような筆記体だった。そんな話もした。
英語を教えてたという先生は、田舎で育ち、物の名前を覚えるのが好きだったそうだ。花や石や動物の、個体独自の名前をたくさん覚えたそうだ。あるときに、たまたま英語ではこういうのだと、筆記体で書いてもらった。そのナメクジののたくったような文字が気になり、今度は名前をひらがな・漢字・英文で覚えたという。英語は読み方も分からず、ただ漢字を覚えるように文字の並びを覚えたそうだ。戦前の学校で英語の授業があり、授業を受けると、単語を多く覚えていたので、一挙に英語が出来るようになったそうだ。単語や文章も、家の壁や道の砂など、何処にでも書いて覚えたという。戦後は進んで通訳をし、アメリカ人なのに英語が満足に出来ず単語の語彙数も少ないと、チョットした優越感も感じたそうだ。
その先生と同郷だか、あるいは同窓生と言ったのか、同じく旧東大で学んだ親しい友人がいた。その人は家柄も良くて親も厳しく、小さい頃から多くの本を読まされていたという。英語とは一切触れてなかったのに、英語力は読み書きに関しては素晴らしかったそうだ。戦後直ぐにアメリカ留学に往き、数学を学び、多くの論文も発表して、数学で優秀な賞も日本人として初めて受けたという。
その数学の先生は、アメリカ人も驚くほどの美しい文字で、イギリスで暮らしていたのかと言われるくらい見事な文章を書いたそうだ。ところが会話はかなり苦手で人前に出るのを嫌い、留学先の大学で論文の整理や、アルバイト的に論文の添削をしていた。単語の間違いを直し、文章の間違いを直したり、その手書き文字の美しさと丁寧な分かりやすい文章での指導に、学生や研究者も訪れたそうだ。ところが、先生は会話は苦手で逃げていたとか。誰もが嫌がる論文の添削や、多くの論文整理、更には各国から送られる論文の単語や文章の間違いを直していた。その結果、すごい発明というか、数学界ではすごいことをしたらしい。
で、英語の勉強法の話になったのだが、多くの単語を覚え、多くの人と話す楽しさを知ると、英語の世界は無限に広がるそうだ。一度その面白さを知ると、より世界が広がるそうだ。子供の頃に、電車や自動車の名前や世界の国旗を覚えるように、多くの単語を覚えていたのが良かったそうだ。文法や動詞などはそれほど難しくも無いし、多くの本を読むうちに自然と分かるそうだ。
また別の方法として、数学の先生のように、幼い頃から多くの本を読まされるというのも良いとか。漢文も日本の本も英語も、同じ人間の書いた物だから、文章力が基本にあれば出来るはずだと。読み書きは出来ても、人と話さなければ会話は出来ないとおっしゃっていた。『英語事始め』でさんざんな結果になり、がっくりとしたが、何となくそんな昔のことを思い出した。
見も知らぬ田舎の若者に、貴重な時間を割いていただき、とても面白い話をうかがえた。今にして思えば、得がたい経験を多くしてきたし、多くの素晴らしい人との出会いの機会も得られた。もう少しそれらのことを大事にすれば良かった。今回のことで英語が嫌いになるより、より英語に対しての意欲がわいてきた。英語力の基礎とも言うべき『英語事始め』は、これからも時間をみては何度でも放送授業を受けていたい。
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