映画「慕情」を見て|英語は苦手

録画してた「慕情」を見た。1955年公開の、アメリカ映画。あのテーマ曲が有名だ。舞台は1950年の香港。

イギリス人と中国人のハーフ、女医のハン・スーインとアメリカ人新聞記者の悲恋物語。未亡人となり、香港の病院に勤務してる女医と、妻との離婚問題を抱えてる新聞記者、互いに惹かれ合う。新聞記者は離婚がかなうが、1950年の朝鮮戦争が始まり、従軍記者としてソウルへ行くことになる。互いに手紙でつながっていたが、新聞記者は戦場で殉死してしまう。

 

テーマ曲が静かに流れる中、昔の映画らしく静かに物語は進む。

字幕スーパーは付くが、会話は何となく聞き取れるし、意味も分かる。

1950年代の香港の様子も分かる。新聞記者が朝鮮戦争の取材で朝鮮半島に向かったあと、同僚の中国人医師が中国で医師として国のために働くことを進める。朝鮮戦争が始まった頃は、中国全土を共産党が掌握した頃でもある。新しい中国のために、中国人なら国家のために働こうと強く勧められる。女医の夫は国民党で、共産党に射殺されていた。彼女は新聞記者の戻るのを、香港で待つことに決めた。

二人のことは病院内でも知れ渡り、勤務医を解雇されてしまう。

「Give me, your hand. 」彼の死を知らされ、思い出の丘に行き、今は亡き彼の声が聞こえて、手を差し伸べる・・・

会話って、以外と短い文章で、自分の感情をハッキリと言い表してる。字幕など読まなくても、何となく物語の進行は分かるし、会話も何となく分かる。

 

なのにー どうして初歩である「英語事始め」が分からないのだ。

大学の英語授業としてはかなり簡単だと思われる。半世紀も前だが、群大での英語は、ただダラダラと英文を読み続け、途中で高校までに出てなかった単語を解説するだけだった。確かに学生運動華やかな頃で、互いに仲が良くなかったが、とんでもない授業だった。

あの時の授業に比べれば、まるで中学生の復習のようにも感じる。テキストを見て「ずいぶん丁寧で、内容も分かりやすくて良かったね」などと言われても・・・。文法的な内容では幾ら読んでも、分かったような分からないような、自分でも分からない。

放送大学は、全科履修生としての卒業要件がある。その中で基礎科目14単位、14単位中に2単位は外国語を履修しなければならない。各コースとも、基礎科目・導入科目・専門科目・総合科目と進み、計124単位を履修すると卒業となる。基礎科目以外は、コース科目76単位は必ず履修しなければならない。

期間は10年だが、10年以内に124単位を履修すれば良いので、進み方に関しての規定は無い。基礎科目から進めずに、好きな、興味のある科目から始めるべきだった。10年といえば80歳になる。それまで生きられるかも分からないのに、イヤな科目から始める必要など無かったかも。

中学生になり、初めての英語は教師が来なくて、別の教室担当の先生が教えた。早川先生という、男性のすこし肥った、優しい小柄な先生で、誰からも人気があった。早川先生に教えられた生徒の中には、英語が得意になった生徒も多かった。

それに比べて、半年近くたって遅れて赴任してきた先生は、あだ名がクロパンというとおり、やせて小柄で色黒な先生だった。これがトンデモナイ悪いヤツで、卒業する頃に、教師の給料を全部持ち出し、競艇で使ってしまった。卒業後は女生徒に手を出し、妊娠させたと聞いた。授業を3年間もこんな教師から受けなければならず、進学を目指す者の中には、流行り始めた塾に通い始めた。

3年間、いったい何を学んできたのか、全く思い出せない。高校受験では、とりあえず過去問で何とかなった。話が途中でくだらない内容にずれて、イヤなら静かにしてれば好きなことをしてても良いというので、全く別のことをしてた。クロパンはテストを作ることもしなかったそうで、早川先生の英語授業を受けてたクラスの者から、範囲などを聞いた。

一度、強烈にイヤな思いをすると、どうもイケない。英語の文法を読むだけで、全くやる気が失せてしまう。

熱海の有名な饅頭店で、カリフォルニアから来た若い女性と話した。充分に英語が出来ずに、半分ドキドキ、半分ワクワクしたものだ。放送大学ではずっと英語を続けて、今度は日本の習慣や、温泉や、美味しい食べ物の話をしたいと思っていたのに。何とか頑張らなければ・・・と思うのだが。

参ったなあ。

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