マースドン荘の惨劇|名探偵ポアロ

NHKBSの名探偵ポアロのシリーズ「マースドン荘の惨劇」を見た。

「マースドン荘の惨劇」は短編集『ポアロ登場』(1924年発刊)の中の小作品だ。テレビドラマとしてはそれほど面白いとは思われない。アガサクリスティーを読んでいたのは中学生から高校の時なので、小説の記憶としては残っていないのだが、ポアロ最後の事件である『カーテン』につながる伏線のような物が感じられた。これはドラマの制作者としての、チョットした遊び心だったのかな。さらには、作者アガサクリスティーはポアロという人物が好きではなかったようで、おしゃれで自己顕示欲が強い、そういう作者の思いを、制作者がドラマの中に反映されているのが面白い。このテレビドラマの制作者は、きっとアガサクリスティーの作品が好きで、充分に読み込んでいるのだろう。

物語は、ポアロが宿屋の主人ノートンから事件の解決依頼を受けて、マースドン荘の在る田舎に来た所から始まる。依頼の事件というのは、ノートンの書いた推理小説の中の話で、全員にアリバイがあって犯人に成り得ない。その犯人は誰にしたら良いのかを聞かれるというものだ。

ポアロと友人ヘイスティングズは帰ろうとするが汽車がない。翌日帰るときに、マースドン荘で資産家の内出血死が起き、そこに向かう地元警察の要請で事件に関わることになる。当初は内出血による死亡事故と思われていたが、殺人事件である証拠をポアロが探しだし、調査を進めて犯人を突きとめる。

約1時間のドラマに仕上げるために、発表当時の世相も描かれていて、その点では面白い物だ。1924年という時代は日本では大正13年、第1次世界大戦も終了して1920年に国際連盟が成立したものの、世の中は決して平和とはいえない時代でもある。降伏したドイツにはヒットラーが登場して不穏な空気が漂い、やがて1929年の世界恐慌へと進む。毒ガス防護マスクを使う国民訓練の状況が出てきて、大事な伏線として使われていた。

実際のドラマを見れば、いくらか不審点が出てくる。カラスの巣は、そんな所には作らないだろうとか、死因などはあの状況を見れば内出血では無いことなど、すぐに分かるはずだが。

アガサクリスティーの小説というよりも、テレビドラマとして見て最も面白いと感じた点は、事件解決後に宿の主人の書いた推理小説中の犯人を指摘したことだ。当初は誰もがアリバイがあり、犯人たり得ないということだった。書いた宿の主人も自分で書きながら、農民3人を殺した犯人を誰にしたら良いのか分からなくなったと言ってた。『カーテン』では3件の殺人事件を起こさせた、自身は安全圏に居ながら教唆誘導した人物が殺される。ヘイスティングズ大尉と初めて会ったスタイルズ荘で、老いてすでに動けなくなったポアロが最後の事件に挑む。誰もがアリバイがあり、誰もが犯人たり得ない状況下で殺人事件が起きる。その犯人を『カーテン』が書かれる約50年前に伏線として使われていた、というのはあくまでもドラマの中だけの話だが。

どうしてこういう詰まらないことに目が向いてしまうのか、本筋を離れたところばかり気になるのが悪い癖かな。

ハンター

klimkinによるPixabayからの画像

まあ、内容についてはドラマを見ての判断だが、この中に出るカラス用の銃が面白い。

子供の頃に、祖父から空気銃の撃ち方を習った。庭のちょうど真ん中に丸く花壇が作られていて、中心部に盆栽仕立てのような背丈の木が植えられていた。その枝に大きなホタテ貝のような平たい貝が下げられ、それを的とした。

まだ幼稚園くらいだったと思うが、意外なほど上手かったと思う。空気銃の弾は一般的な砲弾状ではなく、小さな樽のような形で、先が尖ってなかった。そのためか命中率は低く、鳥を脅すための、人に当たっても重傷には成らないような銃だった。命中率が低い割には、実に良く貝に当たっていた。

カラス

Free-PhotosによるPixabayからの画像

祖父に連れられて山の中で、実際にカラスを撃ったことがあった。命中したが、羽が落ちてきただけでカラスは飛んで行ってしまった。鳥打ちといっても、害鳥を追い払うための空気銃で、殺す必要は無かったようだ。一時期エアーライフルが流行ったが、今は全く無くなった。

カラスを見ると、時々あの小さかった頃を思い出す。早く爺ちゃんに会いたいが、もう二度と会うことは出来ないのだろうなあ。時の流れは、苦しい辛い思い出も、懐かしいものに変えてしまう。爺との思い出は、辛いものではないが、むしろ思い出すたびに胸が苦しくなるほどの懐かしさがこみ上げてくる。

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