私は温泉に関する幾つかの資格を持ち、温泉地域に関する研究会の会員にも参加してる。周りの人達からはよほど「温泉旅行」が好きだと思われている。
一般的な温泉の資格は、講習会に出席すれば簡単に取得できる。内容は温泉成分分析書の読み方、泉質による効能、安全な入浴法などだ。受講者は温泉旅行の好きな人が多く、幾つかの同様な講習会に参加して、次第に友人になる。話題が同じだから、当然のようにグループができ、温泉施設を利用してのオフ会も行うようになる。
本音を言えば、私は旅行は好きというほどでも無い。子供の頃は体が弱く、特に治療法も無くて温泉に連れて行かれた。日常の子供同士の付き合いでは、群れて遊ぶ中には入ることも無かった。そういう性格から、オフ会参加よりも、様々な講習会や研究会に参加することを趣味としていた。施設経営者や自治体関係者、各分野での研究者の研究発表は大きな刺激となった。
現役で仕事中に多くの資格、電気・ガス・消防・空調関係などを取得していた。それは温泉施設の維持管理には絶対に必要な国家資格であり、知識だった。学んでいた事は研究発表会や現地視察会に役立ち、より深い興味が湧いた。
各種の会に出席し、関連する本も入手し、知識が増えるに反比例して疑問が増えた。
私はとくに温泉が好きというわけではなく、当初の動機は妻を亡くして一人暮らしになった気晴らしだった。何千湯入浴したとか、温泉地での表彰とか、温度や色や香りや効能などの話題に参加できるほどの入浴もしてない。入浴数よりも、同じ宿に数泊しながら、温泉地内の共同湯や土産物店や食堂など、フラリと立ち寄るのが好きだった。温泉だけではなく、住まいの建物や人々の顔や自然など、その地域全体の「空気感」を感じて歩くのが好きだ。
観光地化されていない温泉地と、その土地の歴史を調べると、しだいに興味は様々な方向に拡がった。医療が無かった時代の温泉の役割、近代のインフラ整備と住民の生活様式の変化、現在の周辺自然保護対策や人々の移動の影響など、多くの興味が湧いてきた。
最近の新型コロナの影響で外出自粛が叫ばれ、公設図書館の資料閲覧や地元住民専用の共同浴場巡りも制限を受けるようになった。
今年70歳になった。歳を重ねるとせっかちになるというのは、本当のことらしい。ジッと終息を待つのはもちろん、古書を漁ったり、手元の本を読むだけでは我慢ができなくなった。独立して別居してる子供達からの応援と支援を得て、放送大学に入学することにした。
温泉地や観光地での気分転換が本来の旅かもしれない。私にとっての「温泉旅行」は、温泉を守り続けた人達の生き方、地域社会の共同体としての産業や福祉など、別の方に向いてしまった。自分なりに調べたことを確かめるために現地に行く、これが私にとって、ワクワクする楽しい旅の目的になった。
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