本日退職|完全リタイア

本日、3月13日(金)、退職した。

本来は4月15日までの契約であり、会社からはもう少し勤めるようにとの誘いも頂いたが、もう体力の限界かもしれないと断った。10歳までは生きられないとか、それを過ぎたら20歳までは・・・などと言われながらも、もうじき70歳になる。よくぞここまで生き長らえて来られたと思う。

3時で帰ろうとしたら皆に引き止められ、休憩室で少し話をしてたら、各部所の皆が集まり大きな花束と菓子を送られた。現在の所属部署からは「お餞別」として、商品券を頂いた。個別にMさんからはキータンに沢山のチャオチュールと高齢者マークを、Sさんからは「爺さんへ  きいと共に長生きしろよ」と書かれたマグカップを、別部署のSちゃんからは選別として商品券をもらった。

妻を亡くして気力が失せ、半年近く寝て過ごした。それを見て妹と娘がそれぞれ週に2回程度、片道1時間以上も掛けて食事を持ってきてくれた。そういう優しささえも煩わしく感じ、ただ現状から逃れたいと思い、契約社員として食品会社に勤めることになった。そして6年半、随分長く勤められたものだ。

食品会社のパート女性中心の職場だから、何ともやかましいところもあった。社長始め工場長など、会社幹部の人達には元自営であったことや、各種の資格を持ってるということもあり、重宝され親しく扱われた。機械の整備や点検や、本来女性しか行わないように作業もこなし、女性以上に器用に出来たと思う。どの部署に行ってもそれなりに女性の仕事も出来るように成り、設備の保守点検も出来るように成り、けっこう女性グループの中に入って楽しく過ごせた。

どんなに頑張っても、やはり年齢の壁は来るものだ。非常に疲れるようになり、その疲労感は土日の2日間では消えなくなった。しかも小さい頃のような不整脈も頻繁に発生し、子供の頃のような膝関節の痛みも起きるようになった。子供の頃は原因不明の痛みだったが、今のは明らかな老化による変形性膝関節症なのだが。

惜しまれながら去るのが理想だろう。「もう少し勤められないか」「動けるうちは来て」とか、本当は4月までは無理かもと思えるほど無理をしてきた。そういう惨めな姿を見せずに退職することが出来て幸せなのかもしれない。

残り時間はどの程度なのか分からないが、そう長くも無いだろう。近い親族のほとんどは、70前には心不全で亡くなってる。元気に話していて、翌朝には息をしてなかったという大往生な去り方をしてる。どうやら自分もそういう仲間になるようだ。

残り時間は、生きたいように生き、やりたいことをして過ごそう。老いて死を迎えるまで、そう、このブログで趣味を楽しむ記録を残すと共に、老いてからの考え方や繰り言なども書くことで思いを吐き出そう。

温泉巡り、それも足下涌出の温泉を楽しみたい。各地の共同湯や銭湯などで、地元の人達と話しもしたい。気持ちを落ち着かせるためにも写経をし、御朱印を表向きの目標にして、観音霊場に納経して妻や今は亡き人達の菩提を弔いたい。特に、ジイちゃんにもう一度会いたい。更には、今興味のある分野について学びたい。

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