伊香保温泉|利休庵で会った人

伊香保温泉は戦国時代から、石段を中心に湯治場として知られてきた。その石段を登ると、左に大きな木々の茂みがあり、その下に小さな家の「利休庵」がある。石段の、ちょっとした踊り場の様な所に在るこの甘味処は、休憩だけではなく、この辺り一帯が旅情を感じさせる小さなお店があり、石段はその先は少しずつ狭くなっていく。伊香保の石段を歩くと、長い歴史の中に続いてきた伊香保温泉への期待が高まってくる。

伊香保の石段 甘味処利休庵で会った人

何年くらい前になるのだろうか、石段を下から登る事は滅多に無いが、まだ夏の暑さが充分に残る秋の初めに、久し振りに迂回して石段の下に行き、ユックリと登った事がある。その石段を少し上がった左手に、利休庵という甘味処がある。

伊香保温泉石段 利休庵

大きな木々に囲まれた小さな家で、店の前に緋毛氈を掛けた縁台が置かれ、その後ろには長柄傘が立てられている。石段を挟んで反対側は、伊香保の旅館の中でも古い歴史を持つ、徳富蘆花に愛された千明仁泉亭がある。利休庵の上には柳香軒という射的場があり、更に並びの上には松村旅館がある。この辺りはいかにも昔の伊香保の旅情を感じさせる。

その人と初めて会った時、利休庵のその緋毛氈の縁台に腰掛けて居た。母親らしき人と二人、静かに何も語らずに、目を伏せた寂しそうなその表情に、何故か強く興味を引かれた。母親らしき人は60代を過ぎたと思われ、その人は30を過ぎた頃だろうか。

千明仁泉亭
千明仁泉亭  は明治の文豪徳富蘆花が愛した事でも知られる、500年以上の歴史有る老舗旅館。連歌師宗祇が卒中で倒れ、その治療として文亀2年(1502年)に、千明氏の宿に逗留したとの記録があります。黄金の湯を豊富に使い、源泉掛け流しの温泉としても有名。無料貸切家族風呂も有り、特にお勧めは泳げるほどの深い内湯の「黄金の湯」掛け流しです。かつての伊香保らしい情緒と、もてなしも行き届いている。ハイクラスにランクされている割には料金は高くはなく、伊香保の旅情と、日本の宿「おもてなし」を楽しめます

母親は微笑みながら時折話しかけるが、ただ目を伏せて頷くばかりだった。最近の女性の顔立ちと違い、まるで往年の東映映画の盛んな頃の、時代劇にでも出てきそうな、切れ長の一重の目と細面の色白な美しい、キリッとした顔立ちだった。

まだ夏の暑さも残り、薄手の白いニットの長袖は、細身の華奢な彼女を更に弱々しく思わせた。ほんのわずかな時間のすれ違いにも関わらず、ああ、この人達は母と娘の二人暮らしで、間もなく結婚をするのだろうと思った。なおも想像は続き、母親は身体が弱く、母を気遣って婚期が遅れたのだろう、などと勝手な想像をした。

この年、好条件で請われて取引先を変えたのに見事に裏切られ、半年以上も仕事を干されてしまった。自営を辞めて、近くの工場に勤めをしなければ成らないという、屈辱的な気分を強く感じていた。その自分自身の惨めな気分のせいか、まるで彼女の人生が決して恵まれない、これからも苦労の連続であろうと思わせたのかもしれない。

伊香保温泉 甘味処利休庵

この日の宿泊は「和心の宿オーモリ」だった。この宿で最も豪華な食事を頼み、宿の銘柄の冷酒でユックリと楽しんだ。やはり数日後からの勤めが気に成るのか、翌朝まだ薄暗いうちに起きた。早朝の屋上露天風呂「ほの香」 に浸かり、明けてくると共に榛名湖方面からの霊気の流れを感じ、それに包まれ大いに力を得られた思いがした。

和心の宿オーモリ
NHKの朝ドラ「どんと晴れ」の女将指導をしたのが、ここ和心の宿オーモリの女将。かつては、今もですが美人女将としても知られ、おもてなしの行き届いた、リーピーターの多い落ち着いた雰囲気の宿です。屋上露天風呂「ほの香」は、伊香保紹介のTVで良く出ています。

何となく明るい気持ちに成れ、その日の朝食に向かうと、あの人が斜め前の席に着いて居たのに驚いた。やはり朝の風呂に浸かったのか、ほんのりと首筋が赤みを帯びていた。首の下の、胸元に小さな黒子が二つ、それがまた印象的だった。

何年か後に、義母姉妹を連れて伊香保石段の「ひな祭り」を見る為に、前日から宿泊した。

白骨温泉の温泉偽装問題から、各地の温泉地に同様の疑惑が浮かんできた。伊香保も同じ問題が発覚し、大きな打撃を受けた様だった。その立て直しの為に、多くの旅館の女将が集まり、伊香保「おかめ会」を作り、全国にPRキャラバン隊などや催し物などの運営に携わっている。

この日の「ひな祭り」も、女将達「おかめ会」が大いに華やかさを加え、多くの写真愛好家やテレビ取材クルーも来て、その盛況ぶりを増していた。狭い石段を利用しての見学者用の席を設えたものだが、義母達を座らせ、一人で離れた所の休憩所にいた。甘酒を振る舞われ、ホッとしていると目の前にあの人が居るのに気付いた。

伊香保石段の「ひなまつり」
例年、3月の初めの土曜と日曜日に催されているようです。伊香保温泉の催し物については、伊香保温泉観光協会のサイトで確認して下さい。二日目の日曜日には、事前に募集した全国の子供達がお雛様になります。一生の想い出になるでしょう。

背が高く細身で華奢な、学校の教師を思わせる知性的な風貌の男性が、小さな女の子を抱きかかえ、その人はその傍らで見上げる様にして微笑んでいた。あの痩せて弱々しげな女性が、痩せては居ても逞しさを感じさせる風になっていた。

あの時初めて会った印象とは全く違っていた。幸せな家庭を築き、日々充実した時を過ごしてきた事を感じさせる逞しさが有った。きっとあの人の母親も、孫と会う事が楽しみな、一人暮らしでも恵まれた生活を送っているものと想像した。そう思わせるほど、彼女の笑顔は明るく幸せに満ちていた。

一時期干されて勤めに出たものの、榛名湖からの霊気の力なのか、半年も経たずに再び請われ、一人でTIG溶接の自営を始めた。それもわずか数年の後、業界自体がかつて無いほどの不況感がつのり、手の打ちようも無いほどに追い込まれていた。苦しい状況だからこそ彼女の幸福な笑顔は、わずかながらも自分の気持ちの中に満たされるものを感じられたのだろう。

今はリタイアし、子供達はそれぞれ独立し、妻も亡くなり一人暮らしになった。猫の背をなでながら、ふとあの時の人を思い出すのは、最も苦労をしてたあの頃でさえ、実は幸せな時間だったのかもしれないと思える。家庭を持ち、子供を育てるという事は、何にも替え難い幸せな事なのかもしれない。

伊香保は不思議な空間で、利休庵や昔のままの射的場が妙な旅情を感じさせ、この空間自体が心を満たす空気がある。あの人も伊香保に来る事により、昔の想いに浸りながらも、日々の幸福感を感じるのだろう。そして、伊香保の旅館が近代化されても、あの石段の利休庵だけは昔の面影のままであって欲しいと希う。

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