日本人は世界の中でも、特に温泉が好きな民族です。でも、温泉って具体的にはどの様に定義されているのか、意外と知られていないようです。イメージとしては、山奥の岩場から湧き出てる秘湯とか野湯、あるいは湧き出る源泉を囲むように宿が並んでる街並みが想像されます。我が群馬県では何処の市町村にも温泉の入浴施設があり、「かけ流し天然温泉」というようなのぼり旗が立っています。もちろん世界的にも有名な草津温泉や四万温泉、個人的に好きな万座温泉もあります。
温泉の定義では、冷たくても温泉(温泉としての成分が規定値以上に含まれていれば)に定義され、成分が含まれてなくても温泉(温度が地上に出たときに25度以上なら成分がゼロでも)になります。簡単そうで分かりにくい、けっこういい加減な様に思えてしまうのが、温泉の定義です。
温泉って、どういうものなのでしょうか。

温泉の定義
温泉と定義されるには、以下の条件が必要(温泉法より)です。
この法律で「温泉」とは、地中からゆう出する温水、鉱水及び水蒸気その他のガス(炭酸水素を主成分とする天然ガスを除く。)で、別表に掲げる温度又は物質を有するものをいう。
主要条件です。
1)地中から湧出する
2)温水、鉱水および水蒸気その他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く)。
3)温度。
4)特定成分を含んでいる。
地中から湧出する
自噴、採掘井戸から動力ポンプ等で揚水した物、それらを区別していません。地下に存在してる事。海水は成分的には通常の塩化物泉の30倍を超えるミネラル成分を含んでいますが、地下に存在する物では無いので、温泉とは定義されません。溶存物質だけで温泉を定義すると、地球上の表面7割が温泉となり、地球は温泉の星ですね。ただし、海辺の砂浜を掘って湧いてきた海水は温泉では無いです。




温水とは
地中から採取した、地上に出た時点での25℃以上の温度を有する水です。溶存物質の量は規定されず、温度が25℃以上であれば温水として、温泉法で定義されます。ミネラル分等の温泉としての特定成分が極めて少なくても、あくまでも温度が地上に出た時点で規定値(25℃)以上なら温泉とされます。25度以上の地下水、温水は温泉と規定されると共に、療養泉としても規定されています。

鉱水とは
地中から出た時点での温度が25℃未満であっても、19種の特定成分を一定量以上含んでれば、1種類だけでも検出されれば温泉とみなされます。
水蒸気その他のガス
地下から吹き出すガス類に水を通して、温泉としての成分が規定値に達すれば温泉とされます。水に温度やガスの成分が溶け込み、温泉と成ります。これを「造成温泉」と呼ばれています。主に高温の火山性ガスに水を通して、温泉としての成分を含ませて温泉を作ります。
温泉成分のうち1以上の特定成分を含む
温水・鉱水の温度とは関係なく、温泉と規定される19種類の特定成分のうち、1種類だけでも規定値以上含んでいれば、温度には関係なく「温泉」とされます。療養泉は7種の特定成分のうち、規定値以上含んでいれば「療養泉」となります。

温泉成分の物質名
「温泉」とされる19種の物質と、「療養泉」とされる7種の物質、それぞれ規定値以上、湧出時温度が25度以上で、温泉・療養泉になります。
温泉・療養泉の物質名と規定値
物質名 | 温泉の規定値(/kg) | 療養泉の規定値(/kg) |
溶存物質(ガス性のものを除く) | 総量1,000mg以上 | 総量1,000mg以上 |
遊離二酸化炭素(CO2) | 250mg以上 | 1,000mg以上 |
リチウムイオン(Li+) | 1mg以上 | |
ストロンチウムイオン(Sr2+) | 10mg以上 | |
バリウムイオン(Ba2+) | 5mg以上 | |
総鉄イオン(Fe2+,Fe3+) | 10mg以上 | 20mg以上 |
第一マンガンイオン(Mn2+) | 10mg以上 | |
水素イオン(H+) | 1mg以上 | 1mg以上 |
臭化物イオン(Br–) | 5mg以上 | |
ヨウ化物イオン(I–) | 1mg以上 | 10mg以上 |
フッ化物イオン(F–) | 2mg以上 | |
ヒ酸水素イオン(HASO42-) | 1.3mg以上 | |
メタ亜ひ酸(HASO2) | 1mg以上 | |
総硫黄(S) [HS–+S2O32-+H2Sに対応するもの] | 1mg以上 | 2mg以上 |
メタほう酸(HBO2) | 5mg以上 | |
メタけい酸(H2SiO3) | 50mg以上 | |
炭酸水素ナトリウム(NaHCO3) | 340mg以上 | |
ラドン(Rn) | 20(百億分の1キュリー単位)以上 | 30(百億分の1キュリー単位)= 111Bq以上(8.25マッヘ単位以上) |
ラジウム塩(Raとして) | 1億分の1mg以上 |
『温泉大鑑』に記されている温泉の成分の規定値と「温泉」「療養泉」の定義は、「グリユンフート氏が鉱泉と常水とを区別するために設定した限界値」です。1911年にドイツのナート・ナウハイム温泉で採択されたもので、「ナウハイム決議」といわれる有名なものです。
日本での温泉成分の規定値「療養泉」に関しては、何度かの変遷がありましたが、見比べればお分かりのように大きな変化は無いようです。成分の何がどの様な効果が有るのか、分かりませんが、普通の地下水などの常水と温泉水との比較から決められたようです。

モール泉は温泉ではない
モール泉は植物等の酸素不足の腐食過程で、まだ完全に石炭化していない状態の泥炭とか亜炭層を通過した湧水です。通常の温泉は無色透明で、時間の経過と共に変色してきます。モール泉は泥炭などを通過して色が付くもので、湧出時にはすでに溶け込んでいる有機物質により黒色になっていて、酸化などでの変色は起きません。
モール泉としては、かつてはドイツの温泉地としてヨーロッパで有名なバーデン=バーデンと、日本の十勝川温泉が有名でした。今は日本でも各地で採掘汲み上げがされています。
モール泉温泉とか黒湯(モール泉)温泉というのは、モール泉の他に温泉法でいう物質が規定値以上に含まれている事が必要で、モール泉だけでは温泉とはいいません。黒湯で有名な蒲田の「蒲田温泉」は、泉質名はナトリウム炭酸水素塩・塩化物鉱泉になっています。同じく蒲田の「改正湯」は、ナトリウム-炭酸水素塩冷鉱泉です。
モール泉の効能としては「美肌の湯」といわれてるように、肌の皮膚細菌の発育抑制やヒアルロン酸を分解する酵素の抑制など、更にモール泉中の有機成分(フミン酸)により泉質はアルカリ性になりやすく肌がなめらかになります。温まりやすく湯冷めしにくいと効果も有ります。
温泉と療養泉と温度
「温泉」の条件は、温度としては25℃を超えると成分に関係なく温泉になります。温泉の成分からみると、溶存物質(ガス性を除く)の総量1,000mg/kg以上、または19種類の成分が規定値以上検出されれば「温泉」となります。さらに「療養泉」は、25℃以上の温度か温泉としての19種類の成分中、7種の特定成分が規定値量以上に検出されれば「療養泉」と成ります。
「療養泉」になると「温泉名」と「適応症」の表示が出来ます。
例えば、草津温泉の西の河原源泉なら
泉質 酸性・含硫黄ーアルミニウムー硫酸塩・塩化物温泉(硫化水素型)
(酸性低張性高温泉)
「温泉」とは、地下から出た水で成分が少なくても温度が25度を超えている事、あるいは温度が低くても19種の成分のうち1種以上を含んでいる事、または温度と成分の条件を両者ともに満たしている事です。100メートル掘り下げると水温は3℃位上がるので、深く掘り下げて25℃以上になれば、成分の同じ井戸水でも温泉となってしまう可能性も有ります。成分に関係なく、温度だけで「温泉」あるいは「療養泉」にもなります。
成分量に関係なく、温度だけで療養泉という事には、個人的にはなんとなく得心がいかない気もします。とはいいながら、実は単純泉の療養泉は体の疲れを癒やすには、最も効果的で優しい温泉でもあります。自噴泉の新鮮な弱アルカリ単純泉は、昔から湯治客を集めており、長期療養には最適だと思えます。
家庭用浴槽の容量は一般的に200リットルだそうです。概ね160リットルの水を沸かすとします。単純泉の多くは残存物質が0.5g/kgくらいです。単純計算で家庭でも80gの温泉成分を入れれば、ほぼ単純泉になるわけです・・・が、80gはすごい量ですね。しかも家庭の水には塩素が入っています。この塩素は温泉としての成分を酸化(酸化水)させ、劣化させてしまいます。自噴泉や掛け流しが好まれるのは、塩素殺菌がされていない事や、新鮮な温泉は還元水である事などです。
温泉としての三要素:湧出量・温度・成分
温泉法では、温泉として最も大事な要素は湧出量・温度・成分となっています。長い歴史の中で培われてきた経験上の温泉効果を研究定義し、利用者にとっての最良の方法を指導するというよりも、泉源の維持管理や利用施設の管理に重点が置かれているように感じます。
法規制にみる三要素
法(温泉法)第四条(許可の基準)では、「掘削が温泉のゆう出量、温度又は成分に影響を及ぼすと認めるとき」には許可されません。また法十四条(他の目的で土地を掘削した者に対する措置命令)には、温泉を目的とした以外でも三要素に影響が及ぶ場合には、その者に対して影響を防止するために必要な措置を講ずべきことを命ずる事が出来ます。
逐条解説温泉法第四章温泉の利用一温泉の利用の許可 (公共の浴用又は飲用に供することの許可)第十五条【趣旨】 では、温泉を掘削し所有した者は、公共のためならば浴用、飲用、養殖、植物の栽培、発電等いずれの用途に使用しようが温泉法で規制はされない、となっています。人体に悪影響が及ぶ可能性も有るので許可申請が必要になるだけです。採取が適法ならば、原則として自由に使用し収益を得ても処分しようが、それは自由だという事です。
【趣旨】本条は、温泉を公共の浴用又は飲用に供する場合の許可について規定したものである。適法に採取した温泉は、原則として採取権者が自由に使用、収益又は処分することができる。すなわち、それを浴用、飲用、養殖、植物の栽培、発電等いずれの用途に供するかを温泉法上で規制することはできない。しかし、温泉は、種々の成分を含有しているので、中には、人体に有害なものも皆無ではなく、また、用法によっては、人体に害を与えるものも少なくない。この意味から、本条は、温泉の適正な利用を確保するため、これを公共の浴用又は飲用に供するに当たっては、都道府県知事の許可を受けるべき旨を規定したものである。
温泉の採取権者が自由に利用するための許可不許可を与え、どうぞ勝手に使って下さいという事のように感じます。もちろん法律ですから、人体に悪影響のある場合は不許可ですが。こういう条文を読むと、長い歴史の中で蕩々と守り続けてこられた温泉宿の方に深い感謝とと共に、大事な温泉源を独自に守るシステムを作り、人々の療養に供してこられた事にも感謝の念が湧きます。
私見として
温泉の三要素である湧出量・温度・成分について、法規制のためではなく人体の健康との関係についての研究もして欲しい。温泉に関しては分からない事が多すぎる。
温泉源に関しても、自然湧出と掘削動力揚湯の違い。温浴効果に差異が無く、他に影響が出ないと許可が出れば、巨大資本は何処にでも温泉地が出来そうだ。都会近くにはまだ未使用の泉源があるように思う。温度が25度以上が温泉で有り療養泉になるなら、資本力があれば深く掘ればいくらでも温泉は出来てしまう。成分と温泉療養の効果についての検証や研究もして欲しい。「温泉分析書」と共に別表も掲示され、その中には禁忌症と適応症も書かれているが、余りにも曖昧すぎるようにも思う。
温泉の好きな人の中には、各地の温泉地や各種の泉質に入る事を趣味にしてる人も居る。知人の中には若いときにバイクで全国を回り、4000を超える温泉に入ったと豪語してる。別府ハ湯温泉道や紀泉温泉修験道など、特定の温泉地を中心に楽しまれる人もおられるようだ。
個人的には、幼い頃から病弱だった自分には万座温泉の硫化水素型の温泉や、今では石膏泉や芒硝泉が体の痛みに効果が出てる。気分転換の転地療法としては、蒲田とか上野のビジネスホテルやカプセルホテルを利用し、銭湯に入り、近くの居酒屋だか食堂だか、古い店構えで食事をするだけでも効果が有る。
温泉ソムリエの講習を受け、温泉に興味が湧き、自分自身の温泉との関わりから本を読んでるが、なかなか確定的なものが見当たらない。『温泉ソムリエテキスト』と『日本の温泉地』(山村順次著:日本温泉協会)を主に、まだまだ勉強しなければとは思うが、個人の、老人の趣味の範囲では難しすぎる。各省庁も温泉を単なる娯楽や保養と捉えずに、療養としての効果も研究して欲しい。