手術当日から術後1日目

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2009年9月24日

9月14日(月)  手術当日

 12時に看護師のチームと医師が来る。手首に付けたIDナンバーとバーコード、名前を言わせて間違いのない事を確認する。更に、もう何度も聞かれているのだが、血液サラサラの薬は飲んでいない事、ガタガタ揺るぐ歯は無い事、入れ歯ではない事を聞かれる。その後手術着に着替えるが、下は下着とパジャマで、上のみの着替えをする。手首に長い針、後で聞いたら金属ではないとの事で、これを刺して点滴の開始。点滴のスタンドを引きながら、地下の手術室まで歩いて行く。かなりこの日は手術が多い様で、少し待たされる。家族の者は呼ばれるまで5階の待合室に戻る様に言われる。看護師さんと一緒に行くのだが、この途中での雑談で緊張感が和らいでくる。

 最も奥の手術室に歩いて行き、幅の狭いベッドに横になり、酸素マスクを鼻の上に付けて深呼吸をさせられ、いつの間にか寝てしまった様だ。気が付いたら一人で部屋のベッドに横になっていた。モソモソ動いていたら看護師さんが来て、尿意を催した事を言うと、尿管が入っているので心配ないとの事。しかし何となく気持ちが悪く、無理してベッドの下を覗くとかなりの尿がたまっていた。昨晩から水も飲めず、唇も乾いていたのに意外なほど尿は出ていた。ベッドで動けず、動こうとすると尿管のために痛くて、ジッとそのまま夜が明けるのを待ったが、背中が痛くてかなり辛かった

 後日談になるが、手術時間は2時から2時間の予定だったが、実際には3時間半かかったそうだ。余りにも遅いので家の者はかなり心配をしたそうだ。太りすぎで、臍だけではなく脇腹にも孔を空けた。鉗子が届かなかったと聞いたが、そんなにも太っていたのかな。

更に後日談になるのですが、担当の先生始め多くの先生方は、果たして患者である私の訴えた痛みが消えるのかを悩んでいたそうです。手術も、その為に丁寧にしていただいたと感謝しています。確かに胆嚢の辺りは単なる鈍痛で、強い痛みは少し離れた部分に出ていました。実際に胆嚢を摘出した人達に聞いても、胆嚢から来る激しい痛みと吐き気で胆嚢結石や胆嚢炎が分かったそうです。しかも私とは違うところに痛みが出ていた様でした。ただ一人同じ様な方がいた事をネットで知りました。胆嚢部分に鈍痛があり、脇腹からいわゆる盲腸の辺りに痛みが出たとか。小さなポリープが有るだけで、私と同じ様にいくら検査をしても原因が分からず、最終的に胆嚢摘出後に痛みが消えたとか。胆嚢には小さなコレステロールのポリープの粒が沢山あって、初期癌でもあったそうでした。運良く初期癌であったので、その後は全く問題はなかったそうです。私の場合は癌はなかったのですが、その他は全く同じでした。同じ様に胆嚢の鈍痛と離れたところに痛みがある方の参考になればと思っています。SILSという手術法は素晴らしい技術です。3日間程度の入院とは言っても、経験から言えば事務系統の仕事なら翌々日には自宅に帰る事も可能ではないかと感じています。10日後には傷口はほとんど分かりませんし、2週間もすれば、自分自身が手術をした事さえ忘れるほどで、傷は余程注意をしてみなければ分かりません。もちろん全ての痛みが消えています。胆嚢とは関係の無いはずの腰痛さえ消え、気持ちも優しくなれてイライラも消えました。我が桐生市の誇りとして、桐生厚生総合病院外科チームを、もう少し広く知らせ欲しいと願っています。多くの胆嚢で悩んでいる方々のためにも。

 手術が終了して、無事に終わった事を告げられると「ありがとうございました」と話したらしい。また、背中が痛いので背中をさする様にとか、色々と一人で話していたらしい。麻酔が覚めた時は、泥酔状態と同じだそうだ。もし他の女性の名前など呼んでいたら・・・と、妻が嬉しそうにニコニコしていたが、一体何を話していたのか、全く覚えていない。8時半頃に静かになったので帰ったそうだが、自分としては一晩中起きていた様な気もする。

 胆嚢を携帯で写す様に頼んで置いたのに、大きなナスの様に黒くてツヤツヤしたのを見、それを切り開くと真っ黒い液が広がり、白いツブツブが出てきたそうだ。それに驚いて写すのを忘れてしまった。脂肪の塊が砕けたとか、コレステロールとか、説明さえ忘れて、肉ばかり食べてるからこういう事になると、何となく方向違いの事で怒られてしまった。

9月15日(火)  術後1日目

 朝食は抜き。昼食と夕食は全粥。術後3本目の点滴、痛み止めも入っているらしく、が終わり点滴が外される。痛み止めを食後に飲む様に指示される。午前中に尿管が抜かれる。ベッドの上に平方のおむつが敷かれ、その上に手術着だけで寝ていた。尿管を取ると、下着はなくて横に寄ってしまったT字帯の薄いフンドシだけ。点滴が外され、尿管が抜かれると、自分でパジャマに着替える。最も困ったというか、参ったのは、我がチームCの中でも最も若くて可愛い看護師が身の回りの世話そしてくれた事だ。尿管を抜く時が一番恥ずかしかった。

 午後3回ほどトイレに行くが、必ず看護師と一緒に行くように言われていたが、麻酔は完全に消えていたので、普通に歩けた尿をする時がかなり痛い

外科病棟裏窓から 手術後の様子を見に、痛みの状況など聞きに、たびたび看護師が来た。腹が張ってる感じと、下腹が少し痛む事と、脇の傷が痛い事を告げる。脇腹にはチューブが入っていて、滲み出る液から様子を見ているという。お腹が張るのは、手術用のガスが残っているからと言われたが、横の孔から出ないものかと色々と体勢を変えてみたが、関係はなかった様だ。不思議な事に、臍の辺りの痛みなどは全く無かった。胆嚢の辺りが重怠い感じがする。

 歩行訓練と呼吸の訓練を始める様に言われた。歩き始めても、特に痛む事はなかったが、下腹の当たりが横に長く何かが有る様な痛みの様な、おかしな感じだった。

 この日から看護学校の生徒の実習で、一人が専属でチームCと共に身の回りの手伝いをしてくれる。手伝いと言っても、重病でもないので話し相手になるくらいのものだが、真面目な男子生徒だった。

 ベッドを自分で頭の方を少し上げた。わずかに上げただけだが、背中への負担が減ったらしく、痛みが感じられなくなった。入院中の寝姿は大事で、ベッドのわずかな傾き加減で背中の痛みが緩和される事は覚えておかなければ。入院中は、夜間でも頭の方を上げていたが、寝るのに支障はなく、背中への負担はかなり軽減されていた。

 大部屋の良し悪しと言うべきか、隣りにかなり重傷な老人が居て、昼夜を問わずに点滴を交換したり、チューブから出る体液を取りに来たりと、しかも呻き声や苦しそうなイビキには寝付かれなかった。医師も大変だが、看護師という仕事も並の大変さではないと感じた。昼夜を分かたず点滴や身の回り、おむつから着替えまで、男性の力持ちでも出来ないようなことを何度もしていた。最近は医師・看護師に怒鳴り、時には暴力を振るう人もいるとニュースで聞いたが、死ぬ様な病気にでも成らなければ、感謝の気持ちなど生まれないのかも知れない。ここ桐生厚生総合病院では、夜間の付き添いは必要ないと聞いていたが、家の者が付き添っていても、逆に何も出来ない事に苦しむだけだろう。


患者の管理

IDコードリストバンド

患者は入院すると、氏名や生年月日などを確認し、手首にバンドを着ける。IDコードと氏名が書かれているこのリストバンドは、退院するまで外す事は出来ない。シャワーの時など邪魔だが、薬や点滴などの確認で必要なのだろう。外出や外泊の時に買物に行くと、以外と注目される。面倒だが、話せなくなった時には患者の確認をするためを思えば仕方ない。退院の時に看護師さんに切り取ってもらう。

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