水沼駅温泉センター

〒376-0141群馬県桐生市黒保根町水沼120-1  TEL:0277-96-2500 FAX:0277-96-2505  公式HP

【泉質】含二酸化炭素−ナトリウム・カルシウム−塩化物・炭酸水素塩冷鉱泉【効能】きりきず、やけど、慢性皮膚病、虚弱児童、慢性婦人病、神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え症、病後回復期、疲労回復、健康増進

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初稿 2007年12月10日

2009年9月8日更新

水沼駅 ここは全国でも珍しい、駅構内にある温泉施設だ。新緑の頃や紅葉の時期になると、トロッコ列車などと共に時々テレビでも紹介されてるようだ。水沼駅は「わたらせ渓谷鉄道」の真ん中辺りにあり、旧黒保根村の中心地に成っている。尤も、中心地とは言っても付近にはセメント工場が有るくらいで、本来の林業の衰退でかなり寂しく成ってしまった。ここよりももう少し足尾側にある「富弘美術館」や、「草木ダム」に行く人が増えたようだが、ここの温泉センターは素通りしてしまうようで、というか少し分り難いのではないかと思う。この次の足尾よりの駅の「花輪駅」の方が、銅街道の最初の宿場町だっただけあり、町並みには主場町らしい落ち着いた風情と歴史的な面持ちを感じる。という事で、この水沼駅温泉センターに行ってきました。

水沼駅構内 先ずここの面白い事は、駅に沿って長い建物だという事だ。駅自体は122号線側に有り道から少し下りた所にある。この駅は「わたらせ渓谷鉄道」の真ん中辺りに位置し、すれ違い用の複線になっている。跨線橋を渡って向うの、乗降待ちに沿って建てられている線路に沿って長い建物だ。入館入り口も跨線橋を渡って入るか、車の場合は駅の左に回り、下に降りると入館出来る。駐車場は運動公園などと同じ、河川敷を整備した物で、施設の受付までは階段を上がる様になっている。一番端が、カラオケなどが出来る大広間で、次がユッタリと寝たり出来る大広間。両方とも畳敷きで、自由に横に成って寛げる様になっている。次に配膳室、売店、受付ロビーとなり、小さな露天風呂付きの内湯が男女別に並び、次にマッサージ室に成っている。土日祝日だけだが、更に渡り廊下を渡ると男女別の露天風呂が有る。入浴料は入館料金の500円で終日入れる。行った日は月曜日だったが、カラオケが止む事もなく、年配者には楽しく時間を過ごせる場所なのだろう。高齢者が多かった様に思えたが、平日にも関わらず若い人も居て意外だった。渡り廊下を渡った先の露天も見たかったのに、この日は残念でした。露天風呂は、土日祝祭日のみ使える。露天風呂の広さは、内湯と同じ程度というから、それ程大きくもないのだろう。

渡良瀬川駐車場から見る 源泉は少し離れた、梨木温泉の近くの猿川温泉から引いている、「含二酸化炭素−ナトリウム・カルシウム−塩化物・炭酸水素塩冷鉱泉」で弱アルカリ性、だそうだ。鉱泉で19.5度なので当然加熱している。炭酸を含んでいるという事だったが、無色透明無味無臭、臭いも味も全く感じない。普通の沸かし湯の様に感じるが、出てからいつまでも湯冷めが無いという事が、温泉成分が有るという事だろう。

 ここの欠点は何といっても有料ロッカーだ。入って直ぐの下足ロッカーは無料で、鍵は自分で保管する。脱衣場のロッカーが有料で、現金などの貴重品を入れてしまうと、食事の時などに開けると100円は戻らない。何度も入りたいからとロッカーを使わないと、貴重品が盗まれるという事になるらしい。通常は鍵付きのコイン返却型ロッカーが有るはずなのに、この点だけが気に入らない。嫌なら使わなければいいのだが、財布などは入れておかないと盗難もあるから、等と言われては入れないわけにも行かないし。たかが100円だが、風呂好きで何度も入りたいので、入場料が500円と安くてもロッカー代が意外と掛かってしまった。入れ忘れをした自分自身も悪いのだが、こういう失敗をしてると、たかが100円でも惜しいと思ってしまう自分自身が情けない。結局入館料以上もロッカー代を使ってしまった。そのせいか、何となく印象としては良くなかった。


東毛の立寄り湯

桐生温泉湯らら:桐生

かたくりの湯:みどり市

太田安眠の湯:太田

新田温泉やくしの湯:太田市

水沼駅温泉センター:桐生市

天然温泉コロナの湯:太田市

尾島温泉 利根の湯:太田市

伊勢崎天然温泉招美の湯湯楽の里:伊勢崎

わたらせ渓谷鐵道株式会社

 神戸駅にはレストラン「清流」、水沼駅には「水沼駅温泉センター」がある。新緑や紅葉の季節、その他のイベントにトロッコ列車なども走らせ、渡瀬渓谷の景観が楽しめる。渓谷沿いの町々や、足尾や終点の間籐駅周辺は昔の面影が残り、映画やテレビの撮影にも使われる様になった。

 公式HP

わたらせ渓谷鉄道花輪駅

 慶安年間(1648〜1651)に銅山が幕府の直轄地となって以来、渡良瀬川に沿って大間々まで下り、そこから利根川の河岸に運ばれて船で浅草へ、という経路がとられるようになった。その際に、足尾〜大間々〜平塚(旧境町、現伊勢崎市)間に造られた道が銅山街道である。 銅問屋では、銅蔵において銅の保管と中継をおこなった。銅輸送のための人と馬を手配するのも銅問屋の役目だった。銅問屋の置かれた場所には宿場も整備された。花輪宿もそうした宿場のうちのひとつである。日光へ参拝に行く人々にも利用され賑わったという。大正期になって足尾鉄道(いまのわたらせ渓谷鉄道)が開通すると、かつての賑わいは無くなった。

 この地かには日本鋼管創始者、今泉嘉一郎の生家が今も残っている。時代に取り残された感もあるが、それ故に今も往時の風情が残り、落ち着いた町並みを残している。銅を保管したという倉や、古刹も多い。町中をユックリ通るわたらせ鉄道も、多くの写真愛好家に好まれている。

 「花輪」の名前の由来は、端(はな:端の方)が丸く輪の様に成っている、という事から来たそうだ。