利休庵で会った人

伊香保温泉は戦国時代から、石段を中心に湯治場として知られてきた。その石段を登ると、左に大きな木々の下に小さな家の利休庵がある。石段の、ちょっとした踊り場の様な所に在るこの甘味処は、休憩だけではなく、この辺り一帯が旅情を感じさせる雰囲気を持っている。

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2008年3月30日
2009年6月19日更新

伊香保の石段 伊香保は石段で有名な温泉街だ。その石段の歴史は、戦国時代「長篠の戦い」後、武田武士団の保養所として整備されたそうだ。その石段の形がそのまま残っていたのかは知らないが、わずかな記憶には、角の磨り減った滑りやすかったと思う。最初の記憶は雪が残った石段で、更に滑りやすかったのだと思う。その記憶、想い出の為に、伊香保温泉は最も好きな温泉街になり、その中心はもちろん石段だ。

 石段を下から登る事は滅多に無いが、まだ夏の暑さが充分に残る秋の初めに、久し振りに迂回して石段の下に行き、ユックリと登った事がある。その石段を少し上がった左手に、利休庵という甘味処がある。大きな木々に囲まれた小さな家で、店の前に一台の緋毛氈を掛けた縁台が置かれ、その後ろには長柄傘が立てられている。石段を挟んで反対側は、伊香保の旅館の中でも古い歴史を持つ、徳富蘆花に愛された千明仁泉亭がある。利休の上には柳香軒という射的場があり、更に並びの上には松村旅館がある。この辺りはいかにも昔の伊香保の旅情を感じさせる。

伊香保の利休庵 その人と初めて会った時、利休庵のその緋毛氈の縁台に腰掛けて居た。母親らしき人と二人、静かに何も語らずに、目を伏せた寂しそうなその表情に、何故か強く興味を引かれた。母親らしき人は60代を過ぎたと思われ、その人は30代を過ぎた頃だろうか。母親は微笑みながら時折話しかけるが、ただ目を伏せて頷くばかりだった。最近の女性の顔立ちと違い、まるで往年の東映映画の盛んな頃の、時代劇にでも出てきそうな、切れ長の一重の目と細面の色白な美しい顔立ちだった。まだ夏の暑さも残り、薄手の白いニットの長袖は、細身の華奢な彼女を更に弱々しく思わせた。ほんのわずかな時間のすれ違いにも関わらず、ああ、この人達は母と娘の二人暮らしで、間もなく結婚をするのだろうと思った。猶も想像は続き、母親は身体が弱く、母を気遣って婚期が遅れたのだろう、などと想像した。

伊香保温泉千明仁泉亭石段からの入り口 この年、1999年は「ノストラダムスの大予言」などと騒がれ、やがてこの世が終わるという特集がテレビでも盛んに行われていた。自分自身に関しても、好条件で請われて取引先を変えたのに見事に裏切られ、半年以上も仕事を干されてしまった。自営を辞めて、近くの工場に勤めをしなければ成らないという、屈辱的な気分を強く感じていた。その気分のせいか、まるで彼女の人生が決して恵まれない、これからも苦労の連続を思わせたのかもしれない。

 この日の宿泊は「和心の宿オーモリ」だった。この宿で最も豪華な食事を頼み、宿の銘柄の冷酒でユックリと楽しんだ。やはり数日後からの勤めが気に成るのか、翌朝まだ薄暗いうちに起きた。早朝の露天風呂「ほの香」に浸かり、明けてくると共に榛名湖方面からの霊気の流れを感じ、大いに力付けられた。何となく明るい気持ちに成れ、その日の朝食に向かうと、あの人が斜め前の席に着いて居たのに驚いた。やはり朝の風呂に浸かったのか、ほんのりと首筋が赤みを帯びていた。首の下の、胸元に小さな黒子が二つ、それがまた印象的だった。

伊香保温泉女将の「おかめ会」 今年の3月、義母姉妹を連れて伊香保石段の「ひなまつり」を見る為に、前日から宿泊した。白骨温泉の温泉偽装問題から、各地の温泉地に同様の疑惑が浮かんできた。伊香保も同じ問題が発覚し、大きな打撃を受けた様だった。その立て直しの為に、多くの旅館の女将が集まり、伊香保「おかめ会」を作り、全国にPRキャラバン隊などや催し物などの運営に携わっている。この日の「ひな祭り」も、女将達「おかめ会」が大いに華やかさを加え、多くの写真愛好家やテレビ取材クルーも来て、その盛況ぶりを増していた。狭い石段を利用しての見学者用の席を設えたものだが、義母達を座らせ一人休憩所にいた。甘酒を振る舞われ、ホッとしていると目の前にあの人が居るのに気付いた。

伊香保温泉「石段ひなまつり」 背が高く細身で華奢な、学校の教師を思わせる風貌の男性が小さな女の子を抱きかかえ、その人はその傍らで見上げる様にして微笑んでいた。あの痩せて弱々しげな女性が、痩せては居ても逞しさを感じさせる風になっていた。あの時初めて会った印象とは全く違っていた。幸せな家庭を築き、日々充実した時を過ごしてきた事を感じさせる逞しさが有った。きっとあの母親も、孫と会う事が楽しみな、一人暮らしでも恵まれた生活を送っているものと想像した。そう思わせるほど、彼女の笑顔は明るく幸せに満ちていた。

 一時期干されて勤めに出たものの、半年も経たずに再び請われ、現在に至っている。最近の国交省「建築基準法改正」問題により、業界自体が嘗て無いほどの不況感が募り、今回は手の打ちようも無いほどに追い込まれている。こういう状況だからこそ、彼女の今の幸福な笑顔は、僅かながら自分の気持ちの中に満たされるものを感じた。

 伊香保は不思議な空間で、利休庵や昔のままの射的場が妙な旅情を感じさせ、この空間自体が心を満たす空気がある。あの人も伊香保に来る事により、昔の想いに浸りながらも、日々の幸福感を感じるのだろう。そして、伊香保の旅館が近代化されても、あの石段の利休庵だけは昔の面影のままであって欲しいと希う。


伊香保石段の「ひなまつり」

例年、3月の初めの土曜と日曜日に催されているようです。伊香保温泉の催し物については、伊香保温泉観光協会のサイトで確認して下さい。二日目の日曜日には、事前に募集した全国の子供達がお雛様になります。一生の想い出になるでしょう。

伊香保宿泊施設

ネット予約専用の部屋が用意してあります。


千明仁泉亭

明治の文豪徳富蘆花が愛した事でも知られる歴史有る旅館。黄金の湯、源泉掛け流しの温泉としても有名。無料貸切家族風呂も有る。かつての伊香保らしい情緒と、もてなしも行き届いているが、ハイクラスにランクされている割には15000円台からと、料金は高くはない。


和心の宿オーモリ

NHKの朝ドラ「どんと晴れ」の女将指導をしたのが、ここの女将。かつては、今もですが美人女将としても知られ、おもてなしの行き届いた、リーピーターの多い落ち着いた雰囲気の宿です。屋上露天風呂「ほの香」は、伊香保紹介のTVで良く出ています。


村松旅館

利休庵の直ぐ上にあり、道を挟んで千明仁泉亭への入り口が見える。石段に面した情緒溢れる旅館で、「黄金の湯」の温泉と石段の散策に適した宿です。宿泊料金は8500円からと、立地条件の良さにしてはかなり低価格です。

福一
17,600〜73,500

石坂旅館
8,000〜12,000円

ホテル天坊
11,600〜43,050円

温泉宿塚越屋七兵衛
9,500〜30,500円

村松旅館
8,300〜17,850円

横手館
12,600〜24,150円

橋本ホテル
5,300〜26,800円

森秋旅館
9,500〜26,250円

古久家
11,600〜28,350円

ホテル木暮
12,600〜44,100円

岸権旅館
11,600〜52,500円

一冨士ホテル
8,000〜21,000円

和心の宿オーモリ
10,500〜29,800円

四季の宿晴観荘
8,300〜30,450円

千明仁泉亭
14,900〜22,600円

いかほ秀水園
8,300〜21,000円

青山旅館
8,400〜14,700円

ホテル轟
8,600〜26,250円

お宿玉樹
18,900〜47,250

山陽ホテル
6,500〜23,100円

ホテルニュー伊香保
8,000〜26,250円

美松館
8,000〜21,000円

ホテル松本楼
10,500〜31,600円

ホテルきむら
8,000〜31,500円

香雲館
26,100〜75,000円

旅館さくらい
10,500〜26,250円

如心の里ひびき野
13,200〜39,900円