伊香保温泉の散歩 

伊香保温泉というと石段が有名です。「黄金の湯」源泉吐出口から伊香保神社を巡る道から、伊香保の町までの石段。その石段の両側に並ぶ古い旅館街。今は石段も新しく整備され、旅館も近代的に成っている。それでもまだ、ホテルや旅館の間の狭い道はそのままに残り、伊香保温泉に未だ残る「おもてなし」の心と共に、独特の旅情が感じられる。伊香保温泉周辺図

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2007年10月6日
2009年6月19日更新

伊香保の簡単な歴史

 伊香保の歴史を簡単に見ると、既に2000年前から温泉は知られていてた様です。万葉集には既に温泉地としてその地名が歌われています。縄文・弥生時代の集落遺跡は残っていないと言う事ですが、その理由としてこの地がかなりの寒冷地だったので、人は定住しなかったと考えられています。しかし更に標高の高い万座にも弥生土器が出ているので、伊香保ほど景観も良くて温泉も湧き出していれば、当然定住はしなくても、人々が集った形跡は有ると思うのですが。

石段上の伊香保神社 伊香保の中世期(901〜1428)、この辺りは伊香保神社の神領地であったようです。伊香保神社というのは、伊香保の石段を登り切った所にあります。伊香保神社は天長2年(825)創建です。大己貴命(おおなむちのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)が祀られています。大己貴命は大国主命の若い頃の名前と言われています。少彦名命と共に葦原中國(あしはらのなかつくに)作りに貢献した神様であり、医療に関しての霊験あらたかな事から、二神合わせて「薬師菩薩名神」とも呼ばれています。この伊香保神社は温泉の神様と共に、医療・安産・縁結びに霊験があるそうです。

石段にある辰のプレート 足利時代になり、関東管領上杉が所領するようになりました。山内上杉氏は関東公方の執事(関東管領)として、鎌倉の山内に居館を置き、上野国(こうずけのくに)を拠点として、関東一円を管理しました。上杉宗家として栄えた山内上杉家は、やがて同族上杉家の内紛で衰え、上野国を離れ越後の長尾景虎(後の上杉謙信)を頼り、長尾に属して命脈を保ちました。中世期の伊香保は、上杉・武田・北条とめまぐるしく統治者が変わりました。その中で現在のような石段が整備され、湯治場としての形が出来たのは、「長篠の戦い」(天正3年5月21日:1575年6月29日)で破れた武田の武士団の為の保養所に使う為だったようです。

 天正18年(1590)徳川氏の所領となり、安中領(井伊氏領)岩鼻氏代官所の支配下に入ります。土地と温泉は大家(庄屋)14軒が所有し、温泉入浴のための施設管理と経営を兼業してきました。江戸中期、源泉の管理は十二支に準えて、12軒の大家が年番で名主や関所役人を務めていたそうです。今はその名残として、石段に十二支のプレートがはめ込まれています。

伊香保の温泉

黄金の湯源泉露天風呂 伊香保の温泉というと、茶褐色の「黄金の湯」(硫酸塩泉)で知られている。毎分4000Lという源泉も、湧出時は無色透明だが空気中の酸素に触れて茶褐色に変わります。効能は神経痛・筋肉痛・関節痛・五十肩・運動麻痺・切り傷・慢性皮膚病等です。高温ではありませんが、ジックリと入ると「温泉だぁ〜」と感じます。

 戦後の観光ブームに乗って旅館が増えましたが、それに応じて湧出量は増える訳ではなく、旅館全てに温泉を配給する必要が出てきました。1996年、新たに無色透明の「メタ珪酸単純泉」、いわゆる「白銀の湯」が掘られ、「黄金の湯」が回らない旅館に配られています。効能は、病後の体力回復・疲労回復・健康増進です。

石段の商店

 2004年、白骨温泉の偽装された天然温泉表示問題から飛び火して、各地の温泉地にも同様な問題が発覚しました。群馬県下でも水上・四万・伊香保・薮塚等で次々に偽表示が見つかりました。伊香保温泉偽表示問題は、温泉客の減少傾向にある伊香保にとっても大問題であったようです。旧伊香保町の時に、この問題を重く受け止め、明確な表示が行われ、インターネットでも公表されています。現在はほとんどの旅館・ホテルに本物の天然温泉が使われ、伊香保挙げて名誉挽回に勤めています。

伊香保温泉と文化

 伊香保温泉と文人というと、徳富蘆花と竹下夢二が挙げられます。

榛名湖畔の美術研究所 徳富蘆花は明治元年に熊本に生まれた文豪です。作家活動の合間に、伊香保の湯をこよなく愛し、長期逗留もされたようです。代表作の「不如帰」(ほととぎす)の書き出しも伊香保から始まっています。伊香保を愛した文豪を称え、平成元年に「徳富蘆花記念文学館」を創設しました。小さな建物ですが、蘆花が使用した旅館が移築されたそうで、昔の風情を感じさせる、何とも懐かしさを感じる建物です。

 竹下夢二は明治17年に岡山県に生まれ、明治末期から昭和初期にかけて絵画などにその才能を発揮させ、独特の大正ロマンの世界を築き上げました。晩年の昭和5年に、産業振興を目的に「榛名山美術研究所」構想を発表し、榛名山荘にアトリエを建設しました。翌年に渡米し、8年に帰国するも10年に亡くなりました。その夢二を顕彰する為に「夢二記念館」が設立されました。


伊香保宿泊施設

ネット予約専用の部屋が用意してあります。

福一
17,600〜73,500

石坂旅館
8,000〜12,000円

ホテル天坊
11,600〜43,050円

温泉宿塚越屋七兵衛
9,500〜30,500円

村松旅館
8,300〜17,850円

横手館
12,600〜24,150円

橋本ホテル
5,300〜26,800円

森秋旅館
9,500〜26,250円

古久家
11,600〜28,350円

ホテル木暮
12,600〜44,100円

岸権旅館
11,600〜52,500円

一冨士ホテル
8,000〜21,000円

和心の宿オーモリ
10,500〜29,800円

四季の宿晴観荘
8,300〜30,450円

千明仁泉亭
14,900〜22,600円

いかほ秀水園
8,300〜21,000円

青山旅館
8,400〜14,700円

ホテル轟
8,600〜26,250円

お宿玉樹
18,900〜47,250

山陽ホテル
6,500〜23,100円

ホテルニュー伊香保
8,000〜26,250円

美松館
8,000〜21,000円

ホテル松本楼
10,500〜31,600円

ホテルきむら
8,000〜31,500円

香雲館
26,100〜75,000円

旅館さくらい
10,500〜26,250円

如心の里ひびき野
13,200〜39,900円