きのこ茶屋 

きのこ茶屋は、ホテル国際きのこ会館の食事処として併設された。きのこ会館は閉鎖になり、解体されたが、きのこ茶屋は新たにオープンした。此処は桐生でも有数の、素晴らしい自然の残された所でもある。

HOME恕衛門群馬の散歩道主夫学雑記帳サイトマップ
2008年9月4日

県内の主な観光温泉地

老神(オイガミ)温泉

水上温泉

伊香保温泉

四万(シマ)温泉

草津温泉

万座温泉

北軽井沢

軽井沢

奥軽井沢

中軽井沢

私の好きな群馬の宿

草津温泉

つつじ亭

大阪屋

奈良屋

湯畑源泉大東館

一井

草津ホテル

松村屋旅館

万座温泉

万座プリンスホテル

万座温泉ホテル

万座高原ホテル

万座ホテル聚楽

伊香保温泉

福一

ホテル木暮

香雲館

岸権旅館

和心の宿オーモリ

横手館

古久家

四万温泉

四万やまぐち館

四万たむら

四万グランドホテル

鍾寿館

全国の宿泊予約検索

【JTB】旅館・ホテル予約

じゃらんnetで宿予約

ゆこゆこネット

日本旅行「宿ぷらざ」


きのこ茶屋 きのこ茶屋は、昭和44年に桐生市の平井山山頂に建てた「ホテル国際きのこ会館」の、「きのこ」を始めとする地元の食材に拘り、炭火焼で本来の食材の美味しさを味わって貰う為に、食事処としてホテルとは別の所に、20年くらい前に建てられた。宿泊客だけではなく、地元や近在にも隠れた名店として知られ、家族連れや接待・宴会にと使われる様に成った。「ホテル国際きのこ会館」が閉鎖され、平成20年初夏にホテル自体も解体されてしまったが、きのこ茶屋の閉鎖を惜しむ声が上がり、同年7月より「炭火焼処 きのこ茶屋」として独立し、新規開店された。内容は以前と変わらず、桐生市と周辺地域の食材を使用した昔からの田舎料理と、もちろん最高級の椎茸を始めとした「きのこ類」の炭焼きが中心となっている。

きのこ茶屋の広間 「きのこ茶屋」に始めて行ったのは20年前だったと思うのだが、どうも良く思い出せない。印象としては、「ホテルきのこ会館」から自動車で下った、杉木立の中に「きのこ」の様な形をした小さな家が幾つも建っていた。その中で炭火焼をしたのだが、食事は以外と素材その物の味が生きていて、美味しかったのを覚えている。食事以外は、さして興味を引く様な建物とも感じなかった。数回目に、畳敷きの古民家の様な建物で食事をしたが、土壁と太い梁で、軒は杉の甘皮葺きで、何とも懐かしい空気を感じた。この「きのこ茶屋」周辺には、きのこの研究所を始め、実験的な栽培施設もある様で、その古民家風の建物の中には、此処を見学に来られた皇室関係者の写真が何気なく飾られていた。

 「きのこ会館」に30年くらい前、初めて宿泊をした。余り意味もなく、単なる気晴らし程度だったが、綺麗で設備も良く、食事も美味くて大満足だった。その後この周辺には、様々なきのこに関する施設が作られて、「きのこ類」の研究と普及の総本山とでもいう地域になっていった。

きのこ茶屋の八角棟 確か20年くらい前に宿泊をしたとき、外の「きのこ茶屋」でも食事が出来ると聞き、早速行ってみた。杉木立の中に、まだ新しい小さな「きのこ」の形の建物が建っていた。その中で、炭火で串焼きをしたのだが、素材の味を楽しめて大満足な食事を楽しんだ。子供の頃に「マタンゴ」とかいう題名の、人が無人島にたどり着き、きのこを食べるときのこに成ってしまうというホラー映画を見て、以来きのこを食べる時にこのシーンを思いだしてしまった物だ。その、きのこ嫌いが払拭できたのも、此処で食べた炭焼きの椎茸だった。あの見事な椎茸は、此処以外で見た事がなかった。

 10数年間、子育てや仕事の問題に追われ、行く機会も無くなっていた。「きのこ会館」の閉鎖を聞き、様々な想い出と共に残念に思っていた所、たまたま解体される場面を目にしてしまった。「白滝姫と森喜作」でも書いたが、桐生の二大偉人、庶民にとっては偉大な恩人の象徴ともいえる「きのこ会館」の解体は大変なショックを感じた。その中に「きのこ茶屋」は独立して、新規オープンされたと聞いた。早速行って、別の意味でのショック、というか、大きな感激を受けた。

きのこ茶屋横の小川 建物は人間が作った物だが、育てたのは自然という事なのだろうか。あのきのこの形の炭焼き用の建物が、何とも言えない良い味になっていた。自然の中に有って、完全に自然と一体化して、その場に居るだけで自分自身が自然と一体化できる様になる。横を流れる椎茸神社から来る小さな川も、苔がむした石も、見ようによっては渓谷の美しささえ感じられる。

 きのこの形の八角棟へ通じる道には、杉の皮を敷いた屋根があるが、その上に草が生い茂り、小さなきのこが顔を出している。建物も石も、周囲の雑草さえ「きのこ茶屋」と一体化して静かに自然その物になっていた。ここに来た客が、この狭い空間を散策できただけで価値が有るというのも肯ける。

夜のきのこ茶屋 此処「きのこ茶屋」は夜が良い。特に小雨の降る夜が、何とも言えない独特の静けさを感じる。小雨が屋根に当たる音が、妙に懐かしく感じて、深い静けさに引き込まれてしまう。この山間から出れば雷が鳴っていたのに、此処では遠くに聞こえて、強い雨脚も小雨になってしまう。これも深い杉木立に因るせいかもしれない。ヒグラシが雨の中でも鳴き、大きなトンボがきのこの出てる軒下で雨宿りをしている。

 嘗ては高級な店として、特別な接待に使われていたが、今は町なかの店に比べてもさほど高くもない。昼食時にもランチメニューが用意されていて、随分混んできている様だ。事前に予約をすれば、席は確保されている。昼食時も良いが、やはり此処は夜が最高だ。家族と共に炭焼きを楽しみ、この自然を愛でるのも良い。炭焼きは係の人が付いて面倒を見てくれる。係の人との会話も又楽しいものだ。

梅田湖 この周辺には、何度かテレビドラマなどにも使われた、深い木々に囲まれた「桐生山鳳仙寺」や、桐生氏の菩提寺であった「梅田山西方寺」等もある。更に梅田に進めば、桐生川を堰き止めて作られた人造湖「梅田湖」がある。山を越えれば「草木ダム」もあり、この辺りは周辺の地域の中でも屈指の自然景観の優れた所だろう。

 まだ小学生の頃、友人達と梅田中学校の手前を左に鳴神山に登り、峰伝いに神戸駅まで歩いた事がある。今は人が行く事も希になったが、この辺り、梅田の奥から栃木の飛駒に掛けて、彦根藩の飛地であり山岳信仰の対象でもあった。江戸時代には観光マップも作られていたそうだ。桐生市出身の講談社創業者の野間清治氏も、その祖先は彦根藩の近江商人であったそうだ。

 現在、梅田周辺の自然を守る為に、群馬県の自然環境保全地域に指定されているという。桐生の豊かな自然を凝縮した様な、「きのこ茶屋」や「椎茸神社」辺りは、一度は散策をしてもらいたい。


桐生山鳳仙寺

天正元年(1573年)に、桐生氏を滅ぼした由良成繁が桐生に入り、自らの菩提寺として建立した。周囲を深い自然に囲まれ、静寂な中に建つ長い歴史を有する寺院の佇まいは、信仰心の無い者まで心が安らかに成ってくる。

梅田山西方寺

「創建は観応元年(1350年)。伝えによりますと、安貞元年(一二二七)に実信房蓮生(じっしんぼう・れんじょう)法師の郎党の一人が、西方寺の前身である草庵を創建したとあります。」と清水氏の文にあります。この西方寺は観応元年より220年余に亘り、桐生を統治した「後桐生氏」の菩提寺でもある。

草木ダム

渡良瀬川上流を堰き止めて出来て人造湖。更に上流の足尾周辺は、嘗ての銅山の影響で山が荒れ、洪水の危険もあった。洪水調整や灌漑用水、工業用水、発電を目的に、1965年に着工し、1976年に完成した。

富弘美術館

草木ダム近くの富弘美術館は、群馬県勢多郡東村(現みどり市)生まれの、星野富弘の水彩画を集めた美術館です。氏は中学校の先生の時に、事故で頸椎を傷つけ、手や足が不自由に成ってしまいました。生まれ故郷に戻り、口にくわえた筆で水彩画を描き、人の心に訴える言葉を書いています。