桐生のうどん 桃太郎本店 

桐生市の反映の象徴、街の中に佇む蔵を改築したうどん店。 群馬県桐生市本町4丁目338  Tel、0277-22-4247

HOME恕衛門群馬の散歩道主夫学雑記帳サイトマップ
2008年6月11日

県内の主な観光温泉地

老神(オイガミ)温泉

水上温泉

伊香保温泉

四万(シマ)温泉

草津温泉

万座温泉

北軽井沢

軽井沢

奥軽井沢

中軽井沢

私の好きな群馬の宿

草津温泉

つつじ亭

大阪屋

奈良屋

湯畑源泉大東館

一井

草津ホテル

松村屋旅館

万座温泉

万座プリンスホテル

万座温泉ホテル

万座高原ホテル

万座ホテル聚楽

伊香保温泉

福一

ホテル木暮

香雲館

岸権旅館

和心の宿オーモリ

横手館

古久家

四万温泉

四万やまぐち館

四万たむら

四万グランドホテル

鍾寿館

全国の宿泊予約検索

【JTB】旅館・ホテル予約

じゃらんnetで宿予約

ゆこゆこネット

日本旅行「宿ぷらざ」


そば蔵桃太郎 倉を改築し、太い梁などの作りを活かした店は、日本的な落ち着きと共に、静かに流れるジャズの音色で独特の空間を作り出している。一見うどんとは違う空間のような、おしゃれなレストランのような雰囲気もある。うどんは少し細めでコシが強く、いかにも上州の地粉という強さを感じる。汁は甘めで女性的であり、それが合うと不思議に美味い。本来は辛口が好きなのだが、この空間と共に好きになった。もう一つ、何故か客の多くが女性なのは、ご主人の優しそうな人柄と、いわゆるイケメンな二代目のせいなのか。看板に「そば蔵」と有るように、うどんの桐生市にあって、確かにソバも美味かった。

織物産業と共に育ったうどん文化

本町4丁目から天神町方面 桐生市は、かつては「西の西陣、東の桐生」と言われるくらい織物産業で有名だった。古くは奈良時代より絹織物を産出し、時代は下って徳川家康の旗絹の求めに応じて、1日で2400の旗絹を揃え、慶長5年の関ヶ原の戦いに臨み勝利した。その縁あってか、江戸時代には幕府直轄領として大いに栄えた。生産技術とデザインで、ついには西陣を超える程にまで成った。この本町通も、かつては機音が聞こえた桐生の中心地だった。

そば蔵桃太郎の店 桐生の織物生産を支えた織り子達は、その食事の時間も惜しんで生産を続けなければ成らず、その胃袋を支えたのが上州の小麦であり、うどんだった。現在は桐生市の柱だった織物産業は衰退したが、うどん文化はそのまま残った。

桐生市にうどん文化が根付いたのは、織物産業が有ったからだが、同時に日照率の高さと乾いたカラッ風、寒暖の差の大きな気候が、上州群馬の小麦粉を育てたからだと思う。しかも広い裾野を持つ赤城の伏流水が豊富で、これが実に美味い。全国の県庁所在地の中でも、群馬県前橋市の水道水が美味い事でも有名だ。これらの自然要素が有って、初めて桐生のうどん文化、広くは前橋まで含んだうどんを始め、粉食文化が有っての事だと思う。

桐生市内に残る蔵

駐車場の向こうの蔵 ところで、最近の不況の波は嘗てのものに比べかなり激しいものらしく、多くの建物が消えていってる。お偉い市長さんのお陰で、道は充分に整備され、路肩には花や木々が植えられ、近在の市町村に比べても決して引けを取らない美しい自然に囲まれた町になった。勿体ないのは、それ程綺麗に整備されているのに、、そこを歩く人の少ない事だ。そんな美しい道路に面した古くからの家が取り壊され、何も利用価値の無いような空き地として取り残されている事は、見ていても残念でならない。

駐車場から入った裏路地 古くからの家が解体され、更地としてそのまま残ってしまった。面白い事に、多くの家が解体されたお陰で更地の向こうに蔵が見えるようになった。桐生市はこれほど蔵が多かったのかと思うほど多い。その形も通常思いつくような蔵ではなく、昔の住宅と同じ様な作りで、もちろん一般庶民の家とはほど遠いような立派なものだが、火災や盗難に備えた丈夫な作りになっている。嘗ては織物産業で、近隣の街に比べて余程豊かなものだったのだろう。

ここ「そば蔵桃太郎」は、蔵を改築して新規オープンしたと聞く。何処も同じく、今まで目隠しになっていた建物が壊され、隠れていた蔵が見えるようになった。蔵も良いが、その横の狭い裏路地がまた良い。どこか懐かしいような、映画にでも出てきそうな雰囲気がある。